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第九回動物慰霊祭のご案内

November 11, 2016

 

 

大切なペットのために、厳選したフードをお届けするのが当店の仕事ですが、販売しているフードは畜産動物や植物の命そのものです。

 

命は命の犠牲によってしか、生きていくことができません。

 

毎年、動物慰霊祭を地元で執り行わせていただいております。
十分にかわいがられているペット以外の動物たちへの慰霊の気持ちを込めてでした。
二回目以降には、やはりペットへの慰霊へのご要望が多くあり、一緒に行うようになりました。

災害や虐待、戦争、家畜、絶滅、展示、興行、実験用と、あらゆる動物たちの犠牲があります。

数年前、ある国では芸術の展示として、衰弱死していく犬を展示したことが世界中から非難を浴びました。
かわいそうですね。でも私たちも毎日、お肉も魚も食べています。調味料も、家畜の副産物です。一見、動物とは関係なさそうなおいしいゼリーやプリン、サプリメントにもゼラチンが使われていますし、化粧品のコラーゲンやプラセンタ、これも家畜です。

 

動物倫理については、あらゆる倫理学分野で感情論を排し、なぜいけないのか、なぜ構わないのか、そもそも、良いとか悪いの定義とはなんなのか、ということが研究されていますが、結局答えは出てはいません。

 

社会全体のためには多少の犠牲も仕方がないじゃないか、それでよいことが大きいのなら、それを優先するべきだ、という功利主義という考え方があります。

動物の犠牲はこの「仕方がない存在」という考え方に大いに当てはめられているのが現実です。

 

この考え方を承諾するのであれば、もし自分が社会のために犠牲になることが「仕方がない存在」とみなされた時、受け入れなければならないことになりますね。

 

今年、福祉施設で残忍極まりない連続殺人事件が起こりました。容疑者は被害者たちを、社会全体の「悪」と決めつけて反省の色がありません。功利主義の考え方を著しく歪めて解釈した典型例だと思います。

根幹には、自分は逆の立場には決してなり得ない、自分こそが尊い、と考えているのかもしれません。しかし、A=Bと定義し、正義と思うならば、B=Aでなくてはなりません。

 

臓器移植でも、貧困国の子供の犠牲が公にされています。日本のメジャーな小説が映画にもなっているので、ご覧になった方もいらっしゃると思います。

病気から解放されるためには、ドナーの命を待つしかありません。

 

そのドナーを動物で補う研究も進んでいます。動物の臓器を利用するならば、なんとなく罪悪感が薄れるような気がしてしまいます。それがいくら動物愛護主義者であったとしても。

そればかりか、遺伝子工学の飛躍的な進歩により、これもまたSF映画のようなミュータント動物も増え、ついに一部は商業ラインに乗りました。

 

遺伝子のカギを獲得する前は、ブリーディングでそれが行われていました。その最たるものが、イヌとネコです。

イヌは元がオオカミとはあまりにもかけ離れた姿になり、現時点で約800種にもなりました。あらゆる生物の中でも群を抜いて多く、年月をかけて繁殖を工夫する人の手によるものでした。そのため、人とほぼ同様の多くの疾患をも獲得してしまいました。

 

それが、遺伝子のカギのおかげで、ほんの数日で新種を生み出すことが可能になりました。

また電子工学の進歩で、動物にチップを埋め込み、リモコン操作できるようにまでなっています。

好きなようなルックス、能力を持った犬猫を、しつけもいらないリモコン操作ができるように改良され、オーダーできる技術を、十分に備えてしまったのです。

愛玩動物は食さないので、家畜よりも緩い基準でペットとして販売される日も遠くないでしょう。

 

毛をむしる手間が省ける、生まれつき赤裸の鶏や、ひたすら乳を出すために改良された牛などは、すでに私たちが長年食しています。彼らが生きている間、どんなに苦痛を味わっていたとしても、それは関係ないこととされています。

そもそも、動物に苦痛を感じる能力があるのか、感情があるのか、そんな議論もいまだに学問の分野では決着がついていません。

 

電流が流れるボックスに犬を詰め、激痛に耐えかねて隣のボックスにジャンプする。移動したボックスにも電流を流せば、また隣にジャンプする。その繰り返しを観察する実験は、なんと心理学の実験です。

辛そうだ、だから感情もあるのか、と学者は思う。激しい苦痛と疲労に耐えかねて、もしかしたらもうやめてくれるかもと実験者の目を見つめ、弱々しくしっぽを振れば、ああ、媚びることもできるのか、「希望」という概念があるのか、などと学者は考えるのでしょう。

 

ひたすら足をハンマーで打ち砕かれ、どんなストレスが加わるのかを実験することが、一体なんの役に立つのかわかりません。いずれは人間のためになる実験ならば、動物を使う理由があるのでしょうか。なぜなら、動物がそのをレポートにまとめて提出する能力などありません。それがないから、人間以外は知性のない下等種であるというのでしょうか。

実験者のその心理をこそ知りたいと思うのは、感情論が過ぎるホモサピエンスというカテゴリーの、下等な部類に属する非科学的な者だからでしょうか。

 

悪質な繁殖販売業者も、摘発を恐れて放置して逃げます。処分に困れば、野山に放置したり、冷凍庫に放り込み、砕いて捨てるという話を聞いたこともあります。

 

動物園の肉食獣も、たくさんの肉を与えなければなりません。肉食のペットも同じです。

 

実験動物として一番需要があるのはマウス、ラットですが、ちょっとネットをたたけば、どのように使われているかが簡単に出てきます。全身腫瘍で覆われたものなどが普通に販売されていますし、実験者が望むような病気に罹患させ、業者が受注して販売することも普通です。

サル類の実験もまた、目を覆うような画像が出てきます。

ミッキーマウスは根強く世界中のアイドルですが、彼が最も犠牲となった種であるマウスやラットの象徴だとしたら、見方が変わるかもしれませんね。

 

ミクロの世界でも生物たちの逆襲が存在します。微生物、寄生虫などが、宿主の性質を変え、自殺させたり、敢えて捕食されるような行動をとって鳥に食べられ、フンからまた繁殖していったり、宿主をゾンビのように操るものまでいます。動物や昆虫だけではなく、人間にもこれらの症例が確認されています。

彼らを駆逐しようとしたとしても、人間は失敗するでしょう。

 

頑張っても100年ほどの人間の命のために、どれほどの食や衣類、日用品、そして医学薬学分野で、無数と言っていいほどの動物たちの犠牲があるのか、想像することもできないほどです。

人間>動物、という差別がある限り、人の行いはエスカレートしていくでしょう。

 

動物慰霊祭は、このような動物たちの現状を変えることはできません。

また、倫理道徳の正解も得られず、医療の恩恵、食の恩恵からも逃れて生きていくことができません。

では何ができるのか。

申し訳ない、ごめんなさいという気持ちと、おかげさまでありがとう、という気持ちを捧げることだけです。

 

http://blog.livedoor.jp/pooperscoopers/

 

 

 

 

 

 

 

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